真面目が一番と信じていた少年時代

~プロフィール~

第0章 真面目が一番と信じていた少年時代

第1章 「組織の壁」夢のキャンパスライフのはずが・・・

第2章 「お金の壁」 時給300円で働くと人間は10歳老けることを学んだ日

第3章 雇われずに、好きなことをして生きる

 

 

こんなはずじゃなかったんですよ。

「就職したくない!」

ニートですらためらうセリフを、全世界の人が見ているブログで堂々と発信することになるとは…

 

初めまして、シュンです。

僕は真面目な性格です。クソをつけてもいいぐらいです。ルールからはみ出してはいけない。融通の利かなさに、自分でも嫌になることがあります。

 

当然、大学を卒業すれば就職するものだと思っていました。そこそこの公立大学に受かっていたので、余裕のある生活が約束されているはずでした。

適当に単位を取って卒業すれば、あとは家と会社を往復しているだけで、そこそこの金額が口座に振り込まれて、社会的地位も得られて、温かい家庭を築くことができるはずでした。

 

しかし、大学生活で僕は、2つの壁に返り討ちに会いました。「組織の壁」と「お金の壁」です。心はポッキリと折れ、将来に絶望し、逃げるようにしてビジネスの世界に飛び込みました。

 

高校生の僕が見ていたら頭を抱えていたことでしょう。お前は何をやっているんだと。そんな壁がなんだ。みんな乗り越えているんだ。バカか。早く元の道に戻れ。取り返しがつかなくなるぞ。

 

僕は、クソ真面目です。自分が決めたことはとことんまでやり切ります。

 

就活もろくにしないまま、大学を卒業していました。とうとう取り返しのつかないところまで来てしまいました。

ろくに稼げていなかったので、アルバイトを始めました。ネットカフェで夜勤をしながら、ブログをコツコツと更新しました。

 

明るい未来とは正反対の、薄暗い地味な生活でした。

 

足元は暗くても、はるか先に目指すべき光が見えていたので、ひたすらそこに向かって突き進みました。

 

そのうち、ブログからポツポツと報酬が発生するように。気付いたら、通常のブログの20倍もの収益性を持つブログに成長していました。

僕がやっているのは、アフィリエイトと呼ばれるネットビジネスです。インターネット上で商品を紹介することで、代わりに紹介料を受け取ることができます。

 

通常のブログは1ページ読まれると、平均して0.2円儲かります。でも、僕のブログは、1PVで8.5円も報酬が発生していました。

42倍の収益性があるということは、アクセス数は42分の1でオーケーということです。

 

つまり単純計算で、たった5記事のブログと200記事入っているブログとで収益が同じ。記事を書く労力を比較すると、1週間と1年といったところでしょうか。

 

普通はブログだけで食っていくのに、月間100万PVは必要と言われています。でも、僕のブログの作り方だと、40分の1の2.5万PVでオーケー。

たったそれだけで、雇われずに生きていくことができます。

 

2.5万PVと聞くと多そうな気がしますが、アマチュアレベルです。努力すれば誰でも到達できるレベル。

その証拠に、僕はブログを始めるまで、まともな文章を書いたことありませんでした。むしろ文章を書くのが苦手でした。

 

読書感想文で、「僕はダレンシャンを読みました。」とだけ書いて、フリーズしてたぐらいですからね。笑

これは、文章を書くのが苦手な人あるあるだと思うんですが、何を書いたらいいのかわからない。言葉が出てこない。

 

最初は1記事書くのにも、頭を掻きむしり、家じゅうを転げまわっていました。おまけにハゲそうな思いまでして書いた記事が全く読まれない。

100記事なんて書ける気がしませんでした。でも、気づいたらこのブログも200記事を突破。他にも合わせると全部で300記事以上は書いていると思います。

 

人間その気になれば、なんでもできるなと思いました。

 

そんな文章音痴がなぜ、高収益ブログを作ることができたのか。それはとある効率的な手法をとったからです。詳しくは後ほど。

 

このブログでは、「雇われずに、好きなことをして生きる方法」を発信しています。

他人に頼ることなく、自分の手でお金を生み出す方法。この不景気の世の中で自らの足でしっかりと自立する手段を包み隠さずお伝えしています。

 

■■■

 

僕はクソ真面目でした。

中学でイケてる人たちが腰パンをしてる一方、クソ真面目な僕は、制服のズボンをへそで履いてました。

上げパンだと笑われました。

僕は親からズボンはウエストで履くものだと(実際はへそで履いているんだけども)、教わりました。ダサかろうが自分が正しいと思っていました。

 

第一ボタンを外すなんて言語道断。親に向かってババアというぐらい、僕の中ではタブーなことでした。

 

やんちゃをしてルールからはみ出す人たちを見ると、バカだななんて思ってました。真面目にやっていれば、いちいち注意されることもない。怒られるどころか、むしろ褒められる。

 

それなのに、どこか、そういう人たちに惹かれる自分がいました。

 

ある日、イケてる人は髪形がかっこいいことに気付きました。ワックスなるもので、髪の毛を遊ばせているんだとか。

 

僕も遊ばせたい!

 

もちろん、学校でワックスは禁止されていました。

ルールを破るドキドキと、新しい自分に会えるドキドキ、勇気を出してワックスをつけて登校しました。寝ぐせだと笑われました。髪の毛をすかないといい感じにならないのだと教えてもらいました。

 

親におねだりをしてスキばさみなるものを買ってもらいました。初めて鉄の剣を手にした勇者の気持ちになりました。張り切って前髪をすきました。

 

これでイケてる髪形になれる!

 

スキばさみの力を過信した僕は、案の定パッツンになりました。先生にまでいじられました。

よりによって日直で、教壇の上に立ったタイミングでした。クラス中の視線が容赦なく僕の前髪に突き刺さりました。注目されることになれていない僕にとって、視線は本物の剣と同じぐらい鋭いものでした。

 

まさか自分が鉄の剣で切られることになるとは・・・

 

出血したように、あっというまに耳が熱くなりました。カイロも貼ってないのに、背中がぼわっと熱を帯びました。

二度と自分で髪を切るものかと誓ったのは言うまでもありません。

 

中学生にもなると、ちらほらとカップルができ始めます。

僕はサッカー部だったのですが、サッカー部はモテるとの話だったので、いつ彼女ができるかワクワクしました。

他のサッカー部の連中はどんどん付き合っていきます。いまかいまかと待っていました。

 

気付いたら、サッカー部で彼女がいないのは、僕ともうひとりだけになっていました。

 

彼女は欲しかったけど、女の子に自分から声をかける勇気もなく。自分がモテないのは、魅力が伝わっていないだけだと、勝手に思っていました。

勉強もできるし、ちょっと口下手だけど、真面目で誠実。その気になれば、内面を知ってさえもらえれば、彼女なんて簡単にできると、謎の自信に満ち溢れていました。

 

結局、彼女ができたのは、もうすぐ冬になろうかという、高校2年生の秋でした。

 

 

真面目一筋で生きてきた僕はついに大学生になりました。やっと真面目が報われた瞬間でした。彼女はすでに僕の元を去っていました・・・

 

入学式の春の日差しが、いつも以上に暖かく感じました。

 

寂しさと期待が入り混じったその日、僕の人生を変えた大学生活が幕を開けたのです。

 

就職するつもり満々だった僕が返り討ちに合った、「組織の壁」と「お金の壁」とは?

 

そして、なぜビジネスで圧倒的な結果を残すことができたのか。

続きを読んでもらったらわかると思います。

 

第1章 「組織の壁」夢のキャンパスライフのはずが・・・